広島高等裁判所 昭和62年(ラ)9号 決定 1987年4月16日
抗告人
広島日野自動車株式会社
右代表者代表取締役
上野弘
右代理人弁護士
加藤公敏
同
中原秀治
相手方
東重リース株式会社
右代表者代表取締役
新子和郎
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一抗告の趣旨及び理由
別紙記載のとおり
二当裁判所の判断
(一) 当裁判所も、本件仮登録仮処分の申立ては理由がないものと判断する。その理由は、次に補足するほか原決定の理由説示と同じであるから、これを引用する。
(二) 道路運送車両法にいう自動車は、機動的な輸送機関として航空機と同様に経済的価値の高い動産であり、その登録に関しては不動産登記や航空機登録に共通する点がかなりあるが、同一に扱うものではないところ、そもそも自動車はその性質上、消耗性・移転性が高いので不動産のような長期的な使用や制度に適しないこと、占有性・流通性・走行性や航域性において航空機とは著しい差異があることなどから考えると、自動車の登録制度については法令は、不動産や航空機とは区別して別個独立に制定するとともに、仮登録を認めないこととしたものと解するのが相当である。この理は、一般に仮登記及び仮登録は順位保全の効力のみがあるにすぎないところ、航空機登録令(同令二条)においては順位効が附記登録と仮登録とに認められているのに反し、自動車登録令においては附記登録についてのみこれを認め(同令三条)、仮登録については規定を欠くことの整合性、航空機と自動車との登録の諸手続に著しい差異があることの趣旨、及び動産には仮登録の制度がないのが法原則であることなどからも、理解することができよう。もつとも、かように解することは、債権者である抗告人に酷にすぎるのではないかとの疑問がないではないが、もし仮登録を肯定的に解すると、自動車の権利関係を仮登録という不安定な状態に相当長期間おくことを当事者間のみならず第三者にも余儀なくさせるとともに、自動車の登録に所有権の得喪変更の対抗力及び車両検査合格の証明の効力を付与することによつて(道路運送車両法五条、七条、一三条)、自動車の登録の正確と安全の確保をはかるという自動車登録制度の本来の趣旨に反することになりかねないから、この点に関する抗告人の主張は採用できない。
したがつて、不動産登記法三三条ないし航空機登録令二八条等の準用を前提とする抗告理由も、失当であつて採用することができない。
(三) その他、抗告の理由を認めるに足りる資料がない。
三よつて、本件抗告は理由がないから棄却し、抗告費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官村上博巳 裁判官滝口功 裁判官矢延正平)
別紙 抗告の趣旨
原決定を取消す。
相手方所有名義の原決定添付目録に記載の自動車につき、抗告人のため代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登録仮処分を命ずる。
との裁判を求める。
抗告の理由
一、道路運送車輌法第四条・第五条は、一定の自動車につき自動車登録ファイルへの登録を強制し、且つ「登録を受けた自動車の所有権の得喪は、登録を受けなければ第三者に対抗できない。」旨を規定し、自動車登録令は、自動車の登録に関する定めをしている。
しかるに、自動車登録令は、不動産登記法や航空機登録令等に定める仮登記・仮登録の制度を定めていない。
自動車の所有権得喪は、登録を第三者対抗要件として定めながら、仮登録に関する定めをしていないのは、明らかに自動車登録令の不備である。
本件において、抗告人は、昭和六一年八月一〇日に停止条件付代物弁済契約を締結した。仮登録制度がないことは、停止条件付所有権の得喪に関し、第三者対抗要件を取得するに至る方途を閉ざすこととなる。
原決定は、単に自動車登録令に仮登録に関する定めがなく、行政当局が仮登録を受理しないとの理由で、本件申請を却下している。
実体的な権利変動が生じているにもかかわらず、登記義務者がこれに応じないために蒙る登記権利者の地位を保全するのが仮登記仮処分制度である。自動車登録への準用を拒むべき何らの理由も見出せない。
二、次に、原決定は、抗告人の取得した停止条件付代物弁済上の権利は、破産法第七四条又は七二条二号により否認されるべきものであるから、仮登録仮処分を命ずるのは相当でないと説示している。
(1) 昭和六一年八月一〇日付停止条件付代物弁済契約にもとづく仮登録であれば、仮登録原因発生後一五日を経過した登録であり、抗告人は、相手方が昭和六二年二月一三日自己破産の申立をしたことを知っているから、破産法第七四条で否認の対象となる。この点は、原決定説示のとおりである。
(2) しかし、抗告人と破産者との停止条件付代物弁済契約は、被担保債務の履行遅滞発生と同時に、当然に、自動車の所有権が移転する内容のものである。
破産法第七二条二号の否認に関し、最高裁判所昭和四三年一一月一五日第二小法廷判決は、「代物弁済一方の予約にもとづく予約完結権が行使できない間に、債権者および債務者に対する破産の申立がなされたことを知つて、両者が相通じ、債務者は期限の利益を放棄して予約完結権の行使を誘致し、債権者は債務者に対し、一方的予約完結の意思表示をし、代物弁済の効力を生ぜしめた場合には、債権者の右予約完結の行為は、破産法第七二条第二号により否認することができる」旨判示している。(法曹会、最高裁判所判例解説民事篇昭和四三年度(下)一二八九頁)
右判例は破産法第七二条第二号の担保の供与に関し、予約完結権行使の形態が、債権者と破産者との通謀にあつたことを否認の要件にしている。
本件の如く、所有権移転に、債権者債務者の何らの行為を要しない場合には、実体的には、当然に本件自動車は、破産財団として構成されていない。単に、第三者対抗要件を備えていないだけであり、破産法第七四条により、権利変動より一五日以内に対抗要件を具備すれば、否認の対象から除外される。
原決定三丁裏の( )内の説示の意味は充分には、理解し得ない。担保としての所有権移転自体が、前記停止条件付代物弁済契約に何ら関係なく、新たに設定された担保の意味に解すれば、説示のとおりであるが、右契約にもとづく所有権の当然移転を仮登録原因とするのであれば、抗告人主張の如く、否認の対象とならない。
三、以上の如く、原決定は、道路運送車輌法第四条第五条の解釈を誤り、自動車登録令の文言に捕らわれた違法のものであり、且つ、破産法第七二条第二号又は第七四条の解釈を誤つて相当性の判断をしている。